大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)951号 判決 1980年2月27日

控訴人

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

布村重成

外二名

被控訴人

松田破魔男

外三名

右四名訴訟代理人

口野昌三

佐藤孝一

主文

本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人らに対し各五三三万三六三一円及びこれに対する昭和五〇年七月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

本件附帯控訴(当審でした拡張請求を含む)を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として(第一審でした請求を拡張し)「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人らに対し各五六〇万二八八二円及びこれに対する昭和四〇年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、控訴代理人は「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を付する場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(被控訴人らの主張)

一  原判決五枚目表九行目の「本件」の前に次を加える。

「(1) 本件事故車の操縦手松井三曹は関口二尉の命により、亡真寿夫を事故車に同乗させ輸送する任務を遂行していたものであるから、控訴人の負う安全配慮義務の履行補助者として亡真寿夫を安全に輸送すべき義務があつたが、」

二  原判決五枚目裏一行目の「松井三曹が」とあるのを「松井三曹は」と、同五行目の「(1)」を「(2)」と、同六枚目表五行目の「(2)」を「(3)」とそれぞれ訂正し、同裏八行目の「関口二尉」の前に「松井三曹、」を加える。

三  原判決七枚目表六行目の「別紙」を「本判決別紙一」と、同一〇行目の「別紙」から同末行目までを「本判決別紙一記載のとおり一九〇六万九六七八円となる。」と、同八枚目表四行目の「五〇九万七七五〇」を「五三五万二八八二」と、同一〇行目の「五〇万円」を「二五万円」と、同裏二行目の「五五九万七七五〇円」を「五六〇万二八八二円」と、同三行目の「本件」から同四行目「六日」までを「本件事故により亡真寿夫が死亡した日である昭和四〇年一一月一二日」とそれぞれ訂正する。

(控訴人の主張)

一  本件事故車の操縦手松井三曹が控訴人の安全配慮義務の履行補助者であることは否認する。控訴人の安全配慮義務は控訴人が公務執行のため設置すべき場所等を設置管理し、または公務員の勤務条件等を支配管理していることに基づくものであり、従つてその履行補助者も職務として右管理支配の業務に従事することを要し、管理支配を受け単に公務に従事するに過ぎない者はその公務自体が危険性を有するものであつても、控訴人の安全配慮義務の履行補助者に当らないところ、松井三曹は本件当時右管理支配の業務に従事していたものではなく、管理支配を受け単に本件事故車を運転していたに過ぎないから、控訴人の安全配慮義務の履行補助者ということはできない。

二  亡真寿夫の得べかりし利益は昭和五三年から同六〇年までの期末、勤勉手当については年間を通じ俸給月額の4.9倍、昭和六〇年の五〇歳停年退官時の退職金についてはとして計算すべきであるから、本判決別紙二のとおりとなる。

(証拠関係)<省略>

理由

一控訴人ら主張の日時・場所において、東千歳駐屯地から真駒内駐屯地へ向け進行中の陸上自衛隊第七通信大隊装備の松井三曹運転の本件事故車が、道路中央線上で先行車を追越した後左側に進路を変更しようと左に転把したところ、降雨でアスフアルト舗装が湿潤していたためスリツプしてハンドル操作が不能となり、斜行状態のままブレーキもきかずに左側路肩を超えて道路下に転落したうえ前部を軸として転覆し、同車の荷台に乗車していた亡真寿夫が車外に投げ出され、頭部打撲、脳挫傷の傷害を負い、同年一一月一二日午後八時五五分脳幹部損傷により死亡したこと及び、亡真寿夫は第七通信大隊本部中隊長の関口二尉の命により前園一曹、遠藤一士らとともに本件事故車に同乗し、第一一通信大隊に通信機材借用に行く途中で本件事故に遭遇したものであることは当事者間に争いがない。

二控訴人らは、本件死亡事故は被控訴人が安全配慮義務を怠つたことにより発生したものであると主張し、被控訴人はこれを争うので検討する。

<証拠>を綜合すると、

本件事故車は全長5.12メートル、全幅1.8メートルでそのうち荷台部分の全長(内法)2.31メートル全幅(内法)1.745メートルで天蓋のない武器運搬車として製造されたものであるが、人員及び貨物輸送を用途とするものとして検査・登録されていた。そして人の乗ることを予定して荷台の内側両側に折畳式長椅子が設置されていたが、乗員の安定を保つための座席ベルト等の設置はなく、後端部は床面から高さ約0.5メートルのあおりがあるが、その上方には0.9メートルの高さの所に布製ロープが横に一条張られているのみで、本件事故当時に床面から高さ約1.58メートルの四本の鉄製幌骨で支えてあつた幌も荷台の後端部までは被覆してはいなかつた。亡真寿夫は本件事故車に乗つて右長椅子に遠藤一士とともに坐つていたところ、本件事故車が転落・転覆した際車外約五メートルの地点まで投げ出された。

以上の事実が認められ(右認定に反する証拠はない)、右認定の事実と前記争いのない事実を綜合すれば、亡真寿夫は上司の命により公務に従事中松井三曹の運転操作の誤りにより本件事故車が路肩を越えて転落・転覆し、そのため荷台後端部から車外に投げ出されて受傷し、死亡するに至つたものとみるのが相当であり、本件事故が、不可抗力に基づくものでなく亡真寿夫自身の故意過失に起因する受傷死亡でないことも明らかである。そして松井三曹が敢えて上司の指揮命令に背反して本件事故車を運転したことの主張立証はないのであるから、右運転上に過失があつたにしても、控訴人は公務に従事するものをしてその生命、身体に危険を及ぼすことのないよう配慮すべき義務いわゆる安全配慮義務を怠つたものというべく、転落・転覆時にも乗員をして車外に投出されないよう施設すべき義務が控訴人に課せられているか否かを論ずるまでもなく右により亡真寿夫の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

この点について控訴人は、本件事故車には陸上自衛隊の定める保安基準(運輸省令に定める保安基準に一致する)に適合する設備を施していたから安全配慮義務を怠つたことにはならないと主張するのであるが、控訴人の支配・管理を受けて公務に従事していた松井三曹の行為によつて本件事故が発生したのであるから、保安基準に適合する設備が施されていたというだけで安全配慮義務を尽したものと解すべきではないから、控訴人の主張は採用できない。控訴人はまた、松井三曹は控訴人の支配・管理を受けて公務に従事するものであつて、控訴人に代つて支配・管理業務を行うものではないから松井三曹の義務違背によつて発生した本件事故について安全配慮義務不履行の責を負わないというけれども、安全配慮義務は場所・施設若しくは器具等の設置管理、勤務条件の支配管理について公務員の生命・身体に関する危険を保護するよう配慮すべき義務にとどまらず、右の支配・管理を受けて公務に従事するものをして業務遂行上必要な注意義務を尽させて、危険の発生を防止すべき義務でもあるから、現に注意義務を怠り危険が発生した以上安全配慮義務不履行の責を免れないと解すべきである。これに反する控訴人の見解には賛成できない。

しからば、控訴人は安全配慮義務不履行により亡真寿夫の蒙つた損害を賠償すべき義務があものというべきである。

三よつて被控訴人らの損害賠償請求の存否について以下判断する。

(一)  亡真寿夫の損害として逸失利益は一八九九万二六七四円、慰藉料は四〇〇万円をもつて相当と判断する。その理由は次に訂正するほか原判決説示の理由(原判決一八枚目表七行目から一九枚目表四行目まで)と同一であるからここにこれを引用する。

原判決一八枚目裏初行の「別表記載」とあるのを「少くとも本判決別紙二記載」と、同五行目から六行目にかけ「一三六〇万一二五五円」とあるのを「一三八一万六七九六円」と、同九行目から一〇行目にかけ「四四四万七八九八円」とあるのを「五一七万五八七八円」と同一〇行目から末行にかけ「合計金一八〇四万九一五三円」とあるのを「少なくとも合計一八九九万二六七四円」と訂正する。

(二)  よつて亡真寿夫は右損害の賠償を求め得べきところ、右賠償請求権が被控訴人らに相続せられ、かつ一部の填補を受けたことは次に訂正するほか原判決説示の理由(原判決一九枚目表五行目から同裏三行目まで)と同じであるから、ここにこれを引用する。

原判決一九枚目表一〇行目の「右」から末行の「放棄し」までを「遺産分割の協議成立し」と、同裏二行目から三行目にかけて「金五〇九万七七五〇円」とあるのを「五三三万三六三一円」と訂正する。

(三)  被控訴人は本件訴訟追行のための弁護士費用についても賠償支払を求めるのであるが、被控訴人において債務不履行による請求権を選択して請求し訴訟を追行した以上これに要した弁護士費用を損害として賠償請求し得べき理由はない。

四そうすると、控訴人は被控訴人らに対し各五三三万三六三一円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であることの記録上明らかな昭和五〇年七月六日(債務不履行に基づく損害賠償請求権は期限の定めのない債権であるから、催告により遅滞に陥るものというべく、被控訴人らは本件訴状の送達によつて右催告をしたものと認められるので、被控訴人らの右催告以前の遅延損害金の支払を求める部分は理由がない。右と異なる被控訴人らの主張は採用しない)から、支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

五よつて被控訴人らの本訴請求は右の限度において正当として認容し、その余を棄却すべきところ、これと一部趣旨を異にする原判決は一部失当であるから、控訴人の控訴に基づき右の趣旨に従つて変更し、附帯控訴は当審でした拡張請求を含め理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(綿引末男 田畑常彦 原島克己)

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